三無事件(さんゆう事件)


−経緯−
昭和36年12月12日、警視庁公安部は殺人予備容疑で東京都新宿区にあるビル他2ヵ所と福岡県で一斉捜査した。その結果、カービン銃や日本刀を押収し、首謀者の川南豊作(当時59歳)ら13人を逮捕した。この逮捕により戦後で初のクーデター「三無」の存在が明白となった。捜査はその後も続き合計34人を逮捕。世間は逮捕された顔ぶれを見て更に驚くことになった。

川南らが目指した「三無」とは《無税》、《無失業》、《無戦争》の3つの無から名付けられている。老子の「無は有に転じる」という格言から「さんむ」ではなく「さんゆう」と彼らは読んでいた。

《無税》は官公庁の大幅人員削減による財政収縮と公社公団の民営化、《無失業》は大規模な公共事業における失業者吸収、《無戦争》はミサイルや宇宙兵器の開発により他国からの侵略を未然に防ぐとした。大規模な公共事業は別として公社公団の民営化は現在の小泉総理が目指しているし、宇宙兵器開発は米国のスターウォーズ計画と重なり、昭和36年の段階で将来展望に合致した見方もあった。

彼らは前年の「安保闘争」における共産主義(左翼)の大頭に危惧を抱き、容共的な閣僚、政治家を静粛する目的でクーデターを企図した。その作戦は@国会選挙、A閣僚を監禁し逃走した者は射殺、B報道管制、C自衛隊には中立を働きかける、D戒厳令を敷き臨時政府の樹立を目指した。

−顔ぶれ−
三無の主要メンバーは以下の通り。
首謀者の川南は、戦前三菱造船を凌ぐほど造船した戦争成金で、戦後は公職追放となり事業も没落していた。桜井徳太郎(当時64歳)は武勇伝で著名な元陸軍少将。小池一臣(当時34歳)は陸軍士官学校卒。篠田英悟(当時38歳)は本土防空で有名だった342航空隊の戦闘機のパイロットという経歴を持つ。

この他、武器調達ルートで韓国の大物実業家・康 烱吉、韓国陸軍少将・朴 林垣、中国の実業家・李 樹森。直接関与していないが接触があったと思われる人物で国会議員の辻政信、源田実や現役自衛隊の陸将補や大隊長など多数が関係ありと見られた。

この事件は、現在に至るまで多くの謎が指摘されている。それは、公安部がなぜ事前に情報をキャッチできたのか?である。三無グループに公安のスパイが潜入していた、大物右翼が当時の池田総理に知らせたなど諸説多々あるが、現在も明確にされてない。

また、関与したと思われる自衛官は法廷に一切出ていないが、その後、第一線から全てドロップアウトされている。この事も自衛隊は現在も沈黙を続けている。


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