文京・金属バット長男殺人事件


−経緯−

平成8年11月6日午前7時頃、東京都文京区湯島の団体職員・A(当時52歳)は自宅子供部屋で息子の中学3年生B少年(当時14歳)を金属バットで殴打し殺害した。Aは五時間ほど死んだ息子に付き添っていたが午後になって本富士署に自首した。

Aは東大を卒業して出版会社に勤務(事件当時は団体職員)、妻でB少年の母親も東大図書館勤務で知的水準の高い家庭で育った長男のB少年は事件から2年前の平成6年秋頃から暴れだした。母親に「メシが気に入らない」「口のきき方が悪い」などと言っては殴ったり蹴ったりした。やがて、矛先は父親のA、姉(当時19歳)にも向かった。これに耐え切れなくなった母親と姉は家を出た。

その頃、Aはカウンセラーから「子供を刺激してはダメだ。抵抗はいけない」とアドバイスを受けた。また、B少年が涙を流しながら暴力をふるうのを見て「一番苦しんでいるのは息子だ」との思いもあり、Aは息子を助けようと正面から挑んだ。

B少年が比較安静の時は一緒にギターを習ったり、旅行に行ったりしたが、それも長くは続かない。また暴れはじめるということが繰り返された。事件前夜の5日夜、B少年のいいつけでTシャツを買って来たAに対して息子は「柄が気に入らない」と掃除機のホースで顔を殴りつけた。

息子の許しを得て、就寝しようとしたが中々寝付けなかった。やがてAは「もう限界だな」と長男の部屋に行き、金属バットで頭部めがけて数回殴打した。

−公判−
平成10年4月17日東京地裁は懲役5年の求刑に対して懲役3年の実刑判決。この頃、子供の家庭内暴力がピークに達して様々な社会問題になった。昭和50年代の受験戦争が発端として親が子供を殺害するケース(開成高校・息子殺人事件)と反対に子供が親を殺害する事件(金属バット殺人事件)が相次いだ。


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