東日本大震災


-経緯-
平成23年3月11日午後2時46分、東北の三陸沖(北緯38度06.2分、東経142度51.6分、深さ24km)で、マグニチュード9.0の巨大地震が発生。この地震で、宮城県栗原市で震度7を記録したのをはじめ、岩手、福島、茨城、千葉の各県にかけて震度6弱以上、東京都でも震度5強の激しい揺れを記録した。

この地震の規模を示すマグニチュード9.0は、大正12年9月1日の関東大震災の45倍、平成7年1月17日の兵庫県南部地震(阪神淡路大震災)の1450倍で、世界規模でも1900年以降4番目に大きい巨大地震であった。その結果、東北地方の太平洋側沿岸部を中心に幅200km、長さ500kmの広範囲な地域に甚大な被害をもたらした。

特に、震源地に近い岩手、宮城、福島の3県では高速道路や幹線道路が壊滅的な被害をだし、鉄道、バスなどの交通機関が完全にマヒ。電気、ガス、水道などのライフラインも壊滅状態で少なくともこの3県だけで1万6000人以上が孤立した。

首都圏では、千葉県浦安市など各地で液状化現象が発生し、倒壊を免れた建物も斜めに傾くなど壊滅的な被害がでた。更には、携帯電話会社が緊急通信の確保のため回線を大幅に減らしたため、家族の安否確認がとれず、不安を抱いた会社員らが歩いて帰宅するという大移動を始めた。このため、幹線道路や裏路地までが大渋滞となり、緊急車両もまったく出動できない状態となった。夕方から翌朝にかけてこの大移動はいたるところで見られたが、帰宅途中のコンビニやスーパーでは、食料品や飲料、電池などのパニック買いが発生。まさに戦場を彷彿させる状態であった。

警察庁が2012年6月にまとめた資料によると、この震災で亡くなった方は1万5861人、行方不明者3018人、負傷者6107人。建物被害は、全壊12万9900棟余り、半壊25万8800棟余り。その他、道路損壊が4200ヶ所など未曾有の大災害であった(いずれも、3月11日以降の余震災害も含まれる)。

-巨大津波-
この巨大地震が更に被害を拡大したのは大津波であった。岩手、宮城、福島の3県で1万3000人余りの遺体を検死した結果、水死によるものが全体の92.5%を占め、いかに津波の被害が甚大であったかを物語っている(2011年4月時点での警察庁発表)。

気象庁は、北海道から千葉県にいたる太平洋沿岸に津波警報を発令。地震発生から25分後の午後3時1分に岩手県宮古市で1m24pの津波第一波を観測。同26分には、宮城県石巻市鮎川で8.6mの津波を観測した。だが、実際には津波の遡上は岩手県大船渡市の綾里湾で40.1mに達したのをはじめ各地で10m以上の遡上高を記録。岩手県陸前高田市では、港から数キロも離れた市の中心地まで津波が押し寄せて市の80%が壊滅状態になった。この津波による浸水範囲は6県62市町村で535kuという未曾有の大災害となった。

-福島第一原発事故-
東日本大震災は、@巨大地震、A巨大津波、B原子力発電所事故の3重苦であった。この最悪の連鎖は、国家の危機、国民の生命・財産を完全に失ってしまうほどの非常事態であった。

福島県双葉郡大熊町と双葉町にまたがる、東京電力福島第一原子力発電所(以下、福島第一原発)が壊滅的な状況に陥った。

福島第一原発は、1号機から6号機まであり、合わせて470万kwの発電能力を持っている。だが震災当日は、4・5・6号機は定期点検のため停止中で、稼動していたのは、1・2・3号機であった。午後2時46分の地震発生と同時に稼動中の3つの原子炉は自動停止した。その後、送電鉄塔など電源設備の損壊で停電したため、非常用電源のディーゼル発電機が作動。この電源からポンプはかろうじて炉心冷却水の循環を行なっていたが、午後3時27分に津波の第一波が防波堤を乗り越えて発電所内に遡上。その後の第二波、第三波で地下室に海水が浸水したため発電機が全壊し電源喪失となった。このため、ポンプが停止して原子炉に冷却水が循環されず炉心の温度が急激に上昇し始めた。

午後7時、枝野官房長官(当時)が、原子力緊急事態宣言を発令。同8時50分に福島第一原発から半径2kmの住民1864人に非難指示を発令。その後、菅総理が半径10kmの住民に屋内退避指示を発令。国内はもとより世界中に最大級の緊張が高まった。

翌日の12日午前3時過ぎ、1号機の原子炉格納容器が異常な圧力上昇を示したため、海江田経産相(当時)は容器の破損を防ぐため容器内の高圧蒸気を放出させるためのベント(圧力放出)作業の指示をしたことを発表。だが、実際には作業に手間取り、ベント作業が終了したのは午後2時30分であった。その結果、ベントで圧力を逃がすのに10時間以上もかかってしまった。その間の午前7時、菅首相がヘリに乗り現場を視察。職員から状況説明を受けた。後日、判明することだが、この時にはすでに炉心内で燃料棒のメルトダウン(炉心溶融)が始まっており、燃料を入れるケーシングの金属と原子炉内の水蒸気が化学反応を起こして水素が建屋内に充満していた。更に、燃料棒から溶け出した溶融塊は圧力容器の底部に致命的な損壊を与えていた。

尚、ベント作業に携わった作業員は、10分間の作業で人間が1年間に許容されている放射線量の100倍以上にあたる106ミリシーベルトの放射線を浴びて救急搬送された。
同日午後3時36分、1号機の建屋内に充満した水素が爆発して天井の建屋が吹き飛んで多量の放射線を放出してしまった。3月14日には、第3号機でも同様に爆発して天井が全壊した。同15日には2号機も爆発。点検で停止していた4号機は、3号機から洩れてきた水素で火災を起こした。

その後、数々の対策を施しているが応急処置には変わりない。2012年6月現在、汚染水を浄化した冷却水を炉心に循環させているというが、かなりの冷却水が圧力容器底部や配管から漏れ出して、床下から地下へ流れ一部は海に流れている模様。

この間の、政府・行政・東京電力の対応の稚拙さは目を覆うばかりであるが、それは専門のサイトに委ねる。だが、緊急時迅速放射能影響予測ネットワークシステム「SPEED/スピーディ」の公表を国民に知らせなかったのは氷山の一角で、彼等は都合が悪い情報になると隠匿することを常態化した。例えば、原発を中心に10キロの範囲の住民に避難勧告しても、スピーディを見るとむしろ放射線が最も汚染された方向に避難したケースもあった。

2011年11月30日の時点で、福島原発から避難している人は6万人にものぼる(朝日新聞)。この方達が一刻も早く故郷に帰れることを祈るばかりだが、政府・民主党のていたらくは信じがたく、除染も瓦礫処理も殆ど進んでいないのが現状である。

-原発に思うこと-
民主党の仙石代議士は、「原発を停止することは集団自殺だ」と原発推進の旗振り役をしている。まるで、東電の広報部長のようだ。一方、当事者(国)が原発賛成・反対と1年以上も議論している中、日本から1万キロ以上も離れたドイツは脱原発を宣言。当事者が懲りず、第三者が危機感を持つという不思議な現象である。

「アクセルを作る場合、それはブレーキが確実である場合にのみ許される」というようなことをある学者が言っていた。原子炉を作る技術はあっても(アクセル)、緊急事態に確実に停止できる技術(ブレーキ)、そして使用済み燃料処理の確実な方法(サイドブレーキ)が確立していなければ、人類は手を出してはいけないのだと思う。

これも、ある政治家が「宇宙から隕石が落ちてきて原発を破壊するなどという、想定できないケースは別として・・・」と言っていた。だが、今回の教訓は、隕石が落ちてきても絶対に大丈夫だという確実なブレーキがないのであれば、人類が原発を作るのは間違っているのではないか?

更に、先の東電広報部長は、「原発がなければ、化石燃料による火力発電に頼るしかなく・・・そのコストは膨大で、国民の皆さんにツケが回る」と言っていた。確かに、タービンを回すだけのコスト試算なら原発のコストは火力発電よりコストが安いかもしれない。が、使用済みの燃料の後始末にどれだけの税金を使っているのか?

更には、地下何万メートルに廃棄するといっているが、放射能の半減期が数万年の汚染物だという。数万年先の我々の子孫に対して、そんな権利はどこにあるのか?
もっと新代替エネルギーに予算を投入して安全なエネルギー国家を建設するという俯瞰したビジョンで我々国民一人ひとりが考えたいと思う。もう政治家(や)には任せておけない。自分の生命・財産がかかっているのだから。

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