大阪・高校同級生殺人事件


−経緯−
昭和59年11月2日、大阪市北区天満橋2丁目桜宮公園の大川で、大阪産業高校1年生・A君(当時16歳)の水死体が発見された。A君の死体はパンツを穿いただけで、頭部に70回以上の殴打と両目が潰されていた。死体の検証で豊富な経験を持つ捜査班も思わず目を反らすほどの無残な状態だった。

捜査本部は、A君の身辺調査を開始した。聞き込みでA君は事件前日の1日、同級生のBとC(共に16歳)と会う約束をしていたことから2人に事情聴取した。また、A君の死体発見現場のフェンスからBの指紋を検出したため捜査本部はさらに厳しく追及した。その結果、11日になって2人は犯行を自供した。

2人の自供によると、同級生のA君はリーダ格でB、Cは日頃から使い走りや窃盗の強要などを受けていた。拒否すると殴られるため、A君を殺すしかないと思い、金槌で頭部をメッタ打ちし、金槌の釘抜き側で両目を潰して大川に投げ入れたと言うものだった。

−A君の優等生ぶり−
A君は身長170センチ、体重74キロで中学校時代から柔道を習っていて初段の腕前。高校は生徒数3300人のスポーツが盛んな高校に入学し柔道部に入部した。ところが、正選手になれないことから不満を抱き、6月中旬に退部した。

その頃から、同級生のB、Cに対して悪質な虐めをするようになった。ところが、A君は先生の前では優等生ぶりを発揮して学級委員長だった。というのも、Bらに授業中わざと騒がせ、それを鎮めて点数稼ぎをしたり何かと自分を善玉、Bらに悪玉の役をやらせていた。

また、A君はオートバイで走り、Bらに自転車でついてくることを要求。当然遅れるわけだが、それを理由に殴打したり、通行中の女性に猥褻な言葉を言わせたり、自転車の窃盗を強要したりした。

Bらは、A君の虐めを先生に訴えたが、先生の前では正義感の強い優等生であるはずのA君が、そのようなことをする訳がないと取り合わなかった。Bらの鬱積した気持ちは、この段階でどこにも持っていくことが出来なくなった。

事件の引き金になったのは、A君がBらに授業中、大人のおもちゃで自慰をすることを強要。2人は殴られる恐怖心から実行、学友は事実を知っていたが知らないふりをしていた。この時、Bらは「この侮辱から逃れるためには殺す以外に方法は無い」と殺人を計画した。

犯行当日の11月1日、A君はBらに「自転車を盗んでこい」と命令。Bらは、もっといい自転車があるからと桜宮公園へA君を誘い出し、隙をみて自宅から持ってきた金槌でA君の後頭部を殴打した。倒れたA君に2人は10分間、殴打しまくり最後には両目を潰した。
その後、2人は大阪地検から大阪家裁に送検。少年院措置となったが刑事処分は無かった。


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