岡山・高校生金属バット殺人事件


−経緯−
平成12年6月21日、岡山県邑久郡の県立高校で放課後、野球部の3年生・A(当時17歳)が練習中、突然後輩の2年生部員に対して金属バットで頭を殴打した。さらに近くにいた部員3人にも襲いかかりユニホームのまま逃走した。

自宅に逃げ帰ったAは、自宅にあった金属バットで母親(当時42歳)にも殴打。その後、服を着替えて自転車に乗り行方不明となった。頭を殴打された2年生部員は重傷、他の3名は軽傷で母親は死亡した。

Aは日頃から、後輩部員による虐めを受けていた。練習中、ボールをぶつけられたり殴られたり、掛け声を真似されたりと虐めの対象になっていた。また、夏の大会に向けて3年生は丸刈りにすることが慣例になっていたがAは丸刈りを嫌がり拒否していた。このことで2年生の部員から「なんで丸刈りにしないんだ」と詰め寄られていた。犯行当日も、この2年生が1年生に対して「丸刈り」を強要していたことから、Aは《かっとなり》金属バットで殴打して逃走した。

−1300キロの逃走−
捜査本部は80人以上の捜査員とヘリコプターで周囲を捜索したがAの行方は杳として掴めなかった。事件発生から16日目の7月6日、「秋田県の国道7号線をリュックを背負い自転車に乗っている少年が北上している」とのトラック運転手の通報があった。秋田県警・象潟署は、この通報で国道7号線の捜索を開始。ついにAを発見し逮捕した。

逮捕された時のAは汗まみれで、日に焼けて真っ黒な顔は衰弱していた。所持していた日記で、犯行当日には神戸に入り、京都から日本海に出て福井、富山、新潟を経て1300キロを自転車で走破していた。Aは「前年の修学旅行で行った北海道の思い出がある札幌にもう一度行ってみたい」と北上していた。

警察の取り調べで、なぜ母親も殺したのかの質問にAは「母親は、自分のことを勉強も優秀で野球でも頑張っていると過度の期待を掛けていた。母に殺人者の自分を見せて心配をかけたくなかった」と供述した。9月15日、家裁はAに特別少年院送致の保護処分を言い渡し確定した。


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