スチュワーデス殺人事件


-経緯−
ジラード事件とともに外国との厚い壁にぶちあたった何ともやりきれない事件が発生した。昭和34年3月10日、東京都杉並区大宮町の善福寺川で、若い女性の死体が発見された。捜査の結果、女性はBOAC(英国)航空のスチュワーデス・武川知子さん(当時27歳)であるとこが判明した。死体には絞殺特有の皮下出血と男性の体液が認められた。

捜査本部は、武川さんの死体を司法解剖にかけた。その結果、胃の内容物から「マツタケ」が出てきた。戦後から14年を経てはいるもののマツタケは最高級の食材であり、これを材料とする東京及び近郊の料理店は限られている。捜査班は、マツタケをメニューに入れているホテルや高級レストランを調査し45店が該当していることをつきとめた。が、この捜査では決め手は無かったものの犯人は相当地位の高い者と推定された。

捜査本部は、やがて彼女の交友関係で15人の男を調べた。その結果、ベルギー人のカソリック神父で杉並ドンボスコ修道院のベルメルシュ(当時38歳)を最重要の容疑者として断定した。ベルメルシュ神父が、彼女とホテルへ入ったところを目撃されていること、事件後に自家用車(ルノー)のタイヤ全てを交換していること(現場近くに犯人の車と思われるタイヤ痕が発見との記事が新聞掲載されていた)、また5回の任意出頭における取り調べで神父のアリバイが完全に崩れたことなどでいよいよ逮捕間近と思われた。

−圧力−
捜査本部は、6回目の任意出頭を要請する矢先に突然、神父の直属の上司から「ベルメルシュ神父は、持病の胃潰瘍が悪化したので故国ベルギーに帰国させた」との連絡があった。神父は6月11日、正式な出国手続きをとってエール・フランス航空で本国へ帰国してしまった。このため多くの謎を残して捜査は打ち切られたのである。

この事件は、容疑者が外国人であることと、カソリックの神父であったことが厚い壁となった。カソリック団体から「神父が罪を犯すはずがない」として猛烈な圧力を捜査当局にかけたり、またカソリックの信者である某高官から「取り調べに手心を加えるよう」に申し入れがあったと言われている。まさに厚い壁と圧力がかかった事件であった。


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