熊本・主婦殺人事件


−経緯−

昭和54年9月11日午後2時頃、金川一(当時29歳)は熊本県免田町であてもなく歩いていたところ、たまたま農作業をしていた主婦のA子さん(当時21歳)を発見。金川はA子さんに乱暴しようと近づいたことろ、A子さんは逃げ回った。金川は逃げるA子さんを近くの畑に押し倒し強姦をしようとしたが、必死の抵抗を続けるA子さんに対して殺意を抱き、首を絞めた上で刃物で刺して殺害した。A子さんの死体は、全裸で胸部・腹部・陰部をメッタ刺しされ、陰部は奥底まで刃物の傷痕が残る無残な状態で発見された。

金川は11年前の昭和43年9月11日にも出勤途中の女性(当時20歳)を襲い強盗殺人事件を犯して、長崎刑務所で10年間の懲役を受けていた。昭和54年6月刑期満了で出所してから、わずか3ヶ月後に主婦殺人を犯してしまった。逮捕直後、金川は犯行を否認していたが、取り調べの段階で犯行を自供し起訴事実を認めていた。

−冤罪の訴え−
一審の熊本地裁八代支部の公判で、検察側は死刑を求刑した。これに対して金川は「殺害したのは1人であり死刑は重すぎる」と主張した。さらに公判途中から「真犯人は別に居る」として無実を訴えた。

金川の訴えによると「電車の踏み切りで立っていると畑の道の近くに自転車があり、その自転車を盗もうと近づいた所、畑のそばに女性が血まみれになって倒れていた。助けようと思い、近寄って左肩を揺すった。付近には誰も居ないので後で誰かが来た時、女性の腰にまかれていた竹篭が邪魔になるだろうと思い、自分の歯で竹篭の紐を噛み切った。その後、自宅に帰った」というもの。従って、真犯人は別に居ると訴えた。

さらに凶器とされる刃物が発見されていないこと、犯行時に着ていた衣服(白の半そでシャツと青のジーパン)には返り血の痕が無いことなどを主張し冤罪を訴えた。確かに本事件は金川の自白によるところが多く、客観的な証拠が少ないことは事実。

昭和57年6月14日一審の八代支部は金川に対して無期懲役を言い渡した。昭和58年3月17日二審の福岡高裁は一審を破棄して金川に死刑を言い渡した。平成2年4月3日最高裁は金川の上告を棄却して死刑が確定した。金川は平成15年6月に第二次再審請求の申し立てを行っている。


ホーム

inserted by FC2 system