筑波大学助教授怪死事件


−経緯−

平成3年7月12日午前8時40分頃、イギリスの作家サルマン・ラシュディ氏の執筆した「悪魔の詩」の日本語翻訳者、筑波大学・五十嵐一助教授(当時44歳)が、大学構内の人文社会学棟7階のエレベータ前で、何者かによって刺殺されているのを清掃作業員が発見した。
五十嵐助教授は、顔面・両手などに刃物による刺し傷があり、鞄にも刺し傷が見られた。
大学では、7月1日から夏休みに入っており職員や学生等は居なく、閑散とした学棟には目撃者はいなかった。

問題の本「悪魔の詩」は、イスラム教に対する侮辱であるとして当時イランの最高指導者であるホメイニ師から、執筆者のラシュディ氏や出版関係者に対して「死刑宣告」の声明を出していた。
死刑宣告されたラシュディ氏は、イギリスの警察当局に身柄を保護され、24時間自由の無い生活を強いられていた。一方、イタリアでは「悪魔の詩」のイタリア語翻訳者が、イラン人と名乗る男に襲われ重傷を負っていた。

そこで地元警察は、五十嵐助教授に対する保護を申し入れたが、五十嵐助教授はこれを拒否し、無警戒の生活を送っていた。
現在も犯人は逮捕されていないが、シーア派イスラム教徒によって処刑されたという見方が一般的になっている。また、五十嵐助教授が刺殺されたあと、イスラムの新聞「サラーム」に、この事件はイスラム教徒にとって朗報であるとのコメントを掲載している。


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