品川・トランク詰殺人事件


−経緯−
昭和31年7月17日、東京都品川区の運送店従業員が大井署に「死体らしきものが入ったトランクを杉並のアパートに配送した」と届け出た。18日、警視庁は杉並区のアパートへ急行。そこで、トランク詰にされた死体を発見した。

死体は東京都北区の会社員・小松佐惣治さん(当時60歳)であることが判明した。昨日配送した運転手の証言から、荷物の依頼人は小松さんの会社で勤務していた元同僚の西谷郁太郎(当時31歳)と愛人の大川喜美子(仮名、当時23歳)であることが判明。警視庁は重要参考人として全国指名手配をした。

西谷は千葉県旭町生まれ。昭和21年、復員後結婚し3児をもうけた。一方、大川は千葉県五井町生まれで中学卒業後、東京の大田区で工場勤務。その後、飲食店の女給をしていた。2人が知り合ったのは昭和29年頃で大川が働いていた飲食店に西谷が客として寄った時からだった。その後、2人に子供ができ夫婦同然の関係となった。

犯行当時の昭和31年6月28日、西谷と大川は顔見知りの小松さんが会社の金を引き出しに銀行に行ったことを察知。その帰りを待ち伏せし睡眠薬入りのミルクを飲ませた。もうろうとした小松さんから引き出したばかりの会社の金80万円を奪った。その後、2人が住んでいる品川のアパートに小松さんを連れ込み30日、青酸カリ入りの寿司を食べさせ殺害。ジュラルミンのトランクに小松さんの死体を詰めて運送店に依頼して杉並区の転居先のアパートに運び込んだ。

−呆れる逃走劇−
指名手配されていることを知った西谷と大川は東京から逃走。秋葉原を起点に大阪、九州、広島、岡山から山陰方面、近畿方面を経て北陸へ。北陸から東北を経て8月末に再び大阪に戻り落ち着いた。この逃走の1ヵ月半、寝泊りは全て列車内であった。逃走も北海道を除きほぼ全国にわたった。

そのため、奪った80万円は全て列車賃で使い果たし、持っていてたカメラを出雲の商人に売りつけて現金にしていた。この出雲の商人の届け出で出雲署が大阪府警に連絡。10月2日、大阪市曽根崎署が2人を逮捕した。逃走から77日目であった。

昭和32年6月18日、東京地裁は西谷に死刑、大川に懲役15年を言い渡した。昭和34年9月18日、東京高裁は控訴を棄却。2人の刑は確定した。


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