日野・不倫放火殺人事件


−経緯−

平成5年12月14日早朝、大手電気会社のシステム開発部門エンジニア・北村有紀恵(当時28歳)は不倫相手で会社の上司であるXさん(当時35歳)宅(東京都日野市の公団アパート)に侵入し持参したガソリンで放火した。その結果、Xさんの長女(当時6歳)と長男(当時1歳)の2人が焼死した。Xさんは毎朝、妻が運転する車で最寄の駅まで送ってもらっていた。北村はこの僅かな時間を見計らって放火を行った。

年が明けて平成6年2月6日、北村は父親に付き添われて警視庁日野署に出頭。日野署は北村に事情聴取し放火及び殺人容疑で逮捕した。

−出会い−
平成元年3月、北村は都立大学理学部を優秀な成績で卒業。4月に東京都府中市にある大手電気会社に入社しシステム開発部門に配属された。その配属先に7歳年上のXさんがいた。Xさんは高卒ながら中堅幹部として周りから信頼され、容姿も良いことから女性社員に人気が高かった。

やがて、Xさんと北村は「師匠」、「キャッシー」と呼び合う仲となりデートを重ねるようになった。平成3年頃、2人の関係は上司・部下の関係から不倫関係となった。Xさんは、北村に「妻と離婚して北村と結婚する」ことを言った。希望が膨らんだ北村はXさんへの愛をエスカレートさせていった。ところが、北村はXさんの妻が妊娠していることを知り愕然とした。

平成4年、今度は北村が妊娠した。Xさんの要求で中絶した北村は、本妻が出産し自分が中絶したことに納得がいかなかったが、Xさんの「近いうちに妻と別れるから」の一言で悔しさを噛み殺した。平成5年になると北村は二回目の中絶をした。その頃、Xさんの妻は自宅の電話の着信履歴を偶然発見した。そこで、その履歴番号へ電話をしてみると「北村」がでた。帰宅したXさんに問い詰めて全てを知った妻は、北村に何回も電話で抗議した。北村は二度の中絶とXさんの優柔不断な態度及びXさんの妻からの猛烈な抗議によって精神が不安定な状態となった。

7月になるとXさんの妻から「生きた子供を平気でお腹からかき出すような人なのよ、あなたは」という言葉に北村は、「愛する人との結晶を2回も中絶した気持ちが判るか」と憤慨した。この時、北村はXさんの子供を殺す決意をした(Xさんの妻は公判でそのような事を言ったことは無いと否定している)。そして、ついに12月14日犯行に至った。

−公判とその後−
平成8年1月19日東京地裁は北村に無期懲役を言い渡した。平成9年10月2日、東京高裁は北村の控訴を棄却。平成13年7月17日最高裁は上告を棄却。北村に無期懲役が確定した。

意外なのだが、Xさんはその後、妻と離婚することもなく2児をもうけて別の地で暮らしている。


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