邦人留学生・パリ人肉事件

注)猟奇的な内容が含まれ、気分を害することもあります。不要の場合は読まないで下さい。


−経緯−
昭和56年6月15日、フランスのパリ警察は日本人留学生・佐川一政(当時32歳)を殺人及び遺体遺棄容疑で逮捕した。佐川は関西学院大学大学院を卒業後、フランスの名門パリ・ソルボンヌ大学大学院を卒業したエリート。昭和55年に一旦日本に帰国していたが博士課程を終了するため再びフランスに留学していた。

昭和56年5月頃、佐川は同じソルボンヌ大学に留学していたオランダ人のレネ・ハルトベルトさん(当時25歳)と知り合った。レネさんは美人でスタイルが良く「いわゆる良い女」だった。6月11日、佐川はドイツ語の詞朗読をテープに吹き込むことを口実にレネさんを自室に招いた。レネさんが詞の朗読を始めると佐川は彼女の背後からライフル銃で射殺した。

6月13日の朝、佐川は二つのトランクにバラバラに切断したレネさんの遺体をブローニュの森にある湖に遺棄した。これを目撃した通行人が警察に連絡。警察が湖からトランクを発見し中身を確認した。目撃者の証言から犯人の特徴(身長150センチで東洋系)が佐川にそっくりであること、被害者の女性の身元が判明すると佐川の学友であるレネさんであることからパリ警察は15日、佐川を逮捕したのだった。

−動機とカニバリズム−
佐川は昭和24年に一流会社社長の一人息子として出生した。超未熟児として生まれた佐川は成人になっても身長150センチ、体重35キロと小学生程度の体躯であった。この特徴は佐川の両親が常に一人息子に対する不憫を抱き、佐川自身もコンプレックスの塊だった。

両親の経済力で佐川は体躯以外には何不自由なく育てられる。裕福な家庭に育った佐川は生まれつきの頭の良さと知性を持ち合わせていた。ただ、誰もが異性に興味を持つ年頃になっても佐川自身の体躯へのコンプレックスは増長していくばかりで性的な歪は溝が大きくなるばかりだった。

佐川は「白人の豊満な女性」だけしか魅力を感じないと供述している。そして、自らのコンプレックスを補うかのように白人女性の豊満な体を吸収しようとした。

佐川はレネさんを殺害した直後、死姦を行う。その後、死体を解体し乳房、尻、大腿部を切り取りフライパンで焼いて食べた。翌朝、ふくらはぎから足の裏にかけて生で食べ、陰部はフライパンで焼いて食べた。更に、唇、鼻、舌を部分的に口に含み自慰。首を切断後、鏡の前で自分の顔と見比べて喚起の声を上げる。

遺体を遺棄した翌日の14日、佐川は日本の食料品店に出向き、すきやきの材料を購入。店員から肉は買わないのかとの問いに、佐川は「肉は家にありますから」と答えている。

−公判−
逮捕された佐川に父親がフランスで最高の弁護士を付ける。結局、公判で「犯行時、極度の心神衰弱であった」ことが認められてアンリ・コラン病院に無期入院の判定が下った。が、14ヵ月後に退院し日本に帰国。帰国後、都立病院に入院したが昭和60年8月に退院した。

佐川は現在、「カニバリズム幻想」、「サンテ」など執筆し10冊前後の本を出している。また、対談やAV映画に携わっているが、今でも親に与えられた豪華マンションに住んでいると言う。


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