日産サニー・強盗殺人事件


−経緯−
昭和42年10月27日午前12時頃、福島県いわき市の日産サニーいわき営業所で宿直員(当時29歳)が何者かに刃物で刺されて死亡し金庫にあった現金2100円が奪われた。宿直員は犯人と大格闘したとみられ全身に20ヵ所以上の刺し傷を負っていた。それを物語るように現場は地震でもあったかのような乱雑さと多量の血痕が広範囲にあった。

警察は、捜査本部を設置して捜査を開始したが捜査は難航、迷宮入りかと噂されていた翌年の5月7日、別件の窃盗で逮捕されていた電電公社職員(現、NTT)の斎藤嘉照(当時29歳)を、本件犯行の自供をしたとして再逮捕した。だが、実際には物的証拠は無く、取り調べ官の誘導に近い犯行の自白だけだった。

例えば、宿直員の致命傷とされた刺し傷は、斎藤が自白した果物ナイフでは到底成しえない物だった。また、犯人が遺した足跡は26〜27センチに対して斎藤は24.5センチ。犯行時に着ていたとされた衣類からは血液反応が無いこと、凶器とされたドライバーにも血液反応が無かった。

公判で斎藤は犯行の全面否認を行い当日のアリバイや動機が無いことなどを訴えた。が、昭和44年4月、福島地裁いわき支部は斎藤に無期懲役を言い渡した。昭和46年、最高裁は斎藤の上告を棄却し無期懲役が確定した。

−冤罪活動−
斎藤は17年間服役し昭和63年4月に仮出所した。そこで、同年7月に再審請求を行い、平成4年3月23日に福島地裁は再審開始の決定。斎藤や支援団体が喜んだのも束の間、検察が即時抗告。平成7年5月10日、仙台高裁は再審請求を棄却。この時、斎藤の81歳になる母親は「神も仏もねいわ」と呟いた。平成11年3月10日、最高裁は高裁を支持して斎藤の抗告を棄却したため斎藤の雪辱の夢は幻に終わった。

現在、第二次再審請求の準備中である。


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