正寿ちゃん誘拐殺人事件


−経緯−
昭和44年9月10日朝、東京都渋谷区で質店経営の横溝正雄さんの長男で広尾小学校1年生の正寿ちゃん(当時6歳)が登校中、若い男に誘拐された。男は、正寿ちゃんが歩道橋を渡り降りる直前の踊場で後ろから「よう」と声をかけ、振り向いた正寿ちゃんの腹部を殴り、泣き出した正寿ちゃんを抱いて逃走した。この時、正寿ちゃんの学友2人が目撃しており、学校に連絡した。

知らせを聞いた学校では正寿ちゃんの自宅に緊急電話をする。母親の和代さんは付近を捜索したが見当たらず警察に通報。渋谷署では誘拐事件とみて横溝方に電話の逆探知を取り付けて待機した。

同日の夜遅く、犯人から横溝宅に「ガキは預かっている。500万円を用意しろ。警察に知らせると生きちゃいないぜ」と身代金を要求する脅迫電話があった。

この脅迫電話があった直後の午前0時頃、渋谷署の前を行ったり来たりする不審な人物を警邏中の警官が職務質問をした。持っていた紙袋を確認すると正寿ちゃんが履いていたと思われる片方の靴が出てきた。このため、渋谷署は男に対して厳しく追及した結果、正寿ちゃんの誘拐を自供したため、緊急逮捕した。

男は、住所不定で無職の黒岩恒雄(当時19歳)。黒岩は「正寿ちゃんが泣き止まない為、公衆便所で小刀で刺殺後、死体をカバンに入れて渋谷駅の一時預かり所に預けた」と自供した。このため、渋谷署が一時預かり所に急行、正寿ちゃんの遺体を発見した。

−犯行リスト−
黒岩は長崎県油町で出生。いじめが原因で高校を中退し家出。パチンコ店、ガソリンスタンドなど職を転々として上京した。黒岩は小さい頃から「グズ、のろまだと言われていじめられた。強くなって相手に復讐してやる」と自分をいじめた50人の名前を記載した(復讐リスト)や200人あまりの女優がリストアップされ、それぞれ人気に応じた身代金額100万円〜1000万円を記載した(誘拐リスト)を作成し持ち歩いていた。

昭和47年、東京地裁は「動機は贅沢で格好が良い生活をしたいというだけで罪も無い正寿ちゃんを殺害したことは同情の余地は無い」として死刑を言い渡した。昭和53年1月、最高裁は黒岩の上告を棄却し死刑が確定した。死刑執行は昭和54年10月であった。


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