東亜国内航空・米子空港離陸失敗事故


−経緯−

昭和63年1月10日午前9時36分頃、東亜国内航空(現在、JASを経て日本航空ジャパン)の米子発・大阪行きの670便(YS11型機)が米子空港の滑走路から離陸体制に入った。ところが、順調に滑走していくかに見えた670便は離陸上昇地点のV2を通過しても一向に浮上せず、そのままオーバランして中海に突っ込み機体は大破した。

この事故で乗員・乗客52人のうち8人が軽傷を負った。事故当時、米子の気温は摂氏1℃で小雪が断続的に降っていた。事故現場の中海は水深3メートル。このため機体は沈没することなく乗員・乗客はゴムボートで救出された。

−原因−
事故調査委員会の調査によると、事故発生当時の降雪で水平安定板や昇降舵に雪が付着。気温低下に伴ってそれら各機器が凍結し離陸上昇時に昇降舵が効かなかった。さらに、滑走路も凍結により滑りやすく制動が効かない状態で中海に突っ込んでしまった。昇降舵の凍結は、機長が離陸前に防氷・解凍作業の指示をしなかった人的ミスと結論付けた。

画像
中海に突っ込んだ東亜国内航空670便


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