大阪・鎌ちゃん連続殺人事件(警視庁指定122号)


−経緯−

平成7年4月、大阪府警は洋品店の倉庫から紳士用のスラックス78本を盗んだとして大阪市西成区の鎌田安利(当時54歳)を逮捕した。ところが、この取り調べで鎌田の指紋が昭和60年6月に奈良県広陵町の竹やぶでバラバラ死体となって発見された知念みどりさん(当時19歳)の殺害犯人から警察に送られてきた「挑戦状」の手紙に付いていた指紋と一致。このため捜査本部は鎌田を厳しく追及した結果、5月12日になって知念さん他5人の殺害を自供した。

鎌田の供述によると、知的障害施設を抜け出し通天閣付近をブラついていた知念さんに声をかけ自宅のアパートに連れ込み関係を持った。その後、知念さんに小遣いとして1万円を渡したところ「少ない」と言われてカッとなった鎌田は知念さんを絞殺し死体をバラバラにして奈良県内で死体を遺棄した。

更に昭和60年5月、家出中の主婦・東富佐枝さん(当時46歳)と飲み屋で知り合い、自宅アパートに連れ込み関係。その後、絞殺して死体をバラバラにして兵庫県西区の雑木林に遺棄した。

昭和62年1月には小学校3年生の辻角公美子さん(当時9歳)に大阪府住吉区で道を尋ねるふりをして、いたずら目的でアパートに連れ込み騒がれたため絞殺。死体を大阪府豊能町の山林に遺棄した。さらに、公美子さんの自宅に身代金を要求する電話をかけた。

平成5年7月にもホステスの須田和枝さん(当時45歳)、平成6年3月には飲食業の中野喜美子さん(当時38歳)もそれぞれ自宅アパートで絞殺し死体をバラバラにして遺棄した。この結果、鎌田は5人の女性を連続殺害していたことが判明した。

鎌田は死体をバラバラにした理由を「運搬に楽だったから」と供述し、隠ぺいする目的ではなかったことが判明した。その証拠に、バラバラ死体を遺棄する場合、各所・各場所に別々に遺棄するのが通常であるのに対して、鎌田は全て一ヶ所にまとめて遺棄していた。

−大阪の「鎌ちゃん」−
鎌田は愛媛県大洲市で出生。地元で結婚しニ児をもうけたが、妻と死別。その後、故郷をあとにして大阪の西成区に20年間住み着いていた。鎌田の生計は盗品の衣料や装飾品を自転車に積んで地元の飲食関係の女性達に売り歩いていた。盗品のため価格も安かったことと、太った体型・満面の笑顔・ボロボロのジャンバーにズボンという格好は「愛嬌がある」と女性達には評判で、皆から「鎌ちゃん、鎌ちゃん」と呼ばれていた。

ところが、客として居酒屋やスナックに行くと一変して実に金に細かく、ホステスに札びらを見せては口説くのだが、実際に飲食代の支払いになると「なんでこんなに高いんだ」と狂ったように怒鳴りだし、地元ではトラブルメーカだったという。

公判中、鎌田は「自白を強要された」として無罪を主張していたが、平成11年3月24日、大阪地裁は鎌田に死刑を言い渡した。平成13年3月27日、控訴審の大阪高裁は控訴を棄却。一審の死刑を支持した。

平成17年7月8日、最高裁は鎌田の上告を棄却。その上で、「人命への慈しみや尊重の念はみじんもうかがわれない。特に、9歳の前途ある少女を殺害したうえ身代金を要求した行為は残酷、卑劣極まりなく、非人間的な所業というほかない」と指摘した。これにより、鎌田の死刑が確定した。


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