北九州連続殺人事件(少女監禁、電気ショック殺人事件)


−経緯−
平成14年3月6日早朝、北九州市小倉のマンションで監禁されていたA子さん(当時17歳)が抜け出し、祖父に助けを求める電話をかけた。無事、祖父宅に戻ったA子さんの証言から祖父が警察に連絡。

福岡県警は翌7日、元布団販売会社経営・松永太容疑者(当時40歳)と元幼稚園教諭の緒方純子容疑者(当時40歳)を逮捕した。二人に対する尋問で別のマンションに男児4人も監禁していることが判明。後日、このうちの6歳になる双子は、松永が一年前に「俺と一緒になろう」と誘われて家出した女性(当時35歳)から2000万円を受け取り松永と緒方が引き取った子供だった。あとの9歳と6歳の男児は二人の間にできた子供だった。

警察に保護されたA子さんの証言は驚くべき内容だった。6年前の平成8年ごろ、監禁から抜け出したマンションに近い別のマンションに当時34歳だった父親と暮らしていた。そこへ、松永と緒方が転がり込んできた。A子さんの父親と松永らとの関係は現在のことろ明確になっていないが、借金のトラブルに巻き込まれた可能性が高い。

松永は、間もなくA子さんの父親に電気ゴテのようなものでショックを与え続ける。やがて死亡すると浴槽で死体をバラバラに切断して大分県国東半島沖でフェリーから遺棄したと証言した。A子さんは、それから引き続き監禁状態が続いたが、松永は電気コードを胸にテープで貼り付けて電気ショックを連日与えたり、「足の爪を5分以内に自分で剥げ(実際に剥いだ)」などと脅迫して1ヶ月の重傷を負わせた。

捜査本部では、A子さんが重い心的外傷後ストレス傷害を負っていること、物証も無いことから5月9日に松永らのマンションを家宅捜査して浴槽やパイプ菅、下水道に至るまで調査している。さらに8月には国東半島沖の捜索も実施した。

−松永と緒方の関係−
松永は福岡県柳川市で出生。緒方は久留米市で出生。共に裕福な家庭に育った。二人は高校の同級生で卒業後、松永は布団販売会社の経営、緒方は短大に進学後、幼稚園の教諭に就いた。ここまでは、二人に強い接点は無かった。

松永は、布団販売のノルマが達成できなかった社員に殴ったり電気コードで感電させて喜んでいた。松永が社員に拷問する部屋にはコンセントが6個もあったという。社員も元々は松永の巧妙な布団販売の詐欺にあい借金返済を迫られていた。社員には「逃げても暴力団がいるから無駄だ」「おまえ、かわいい妹がおったなぁ」などと脅迫していたため逃げ出すことができなかった。松永には電気ショックで悶絶して失禁するなどを見て喜ぶ性癖があった。

その頃、緒方は幼稚園の教諭をしていた。園児の保護者からは「優しくて面倒をよくみてくれる良い先生」との評判が高かった。ある日、緒方の不注意で園児が怪我をした。この園児の父親が暴力団関係者で緒方に対してどなり込んできた。自信を失った緒方は同級生だった松永に相談。これから二人の関係が始まった。

やがて、緒方は幼稚園を退職。松永が経営する布団販売会社に経理担当として入社した。その後、どのような経緯があったのか不明だが、緒方も社員に対して電気ショックの拷問をするようになっていった。

平成4年の夏頃、布団販売会社が不渡りを起こし事実上倒産した。この頃から二人は高利貸し業を始めたり、多重債務者の子供を預かって金を得るなど「夜逃げ屋」稼業で住居を転々とする。

−緒方の家族が行方不明−
捜査本部の調査でさらに殺人容疑が高まった。平成10年6月7日、緒方の姪(当時10歳)をマンションで縛り上げ、電気コードの先端にクリップで体にはさみ10分間通電させて感電死させたとして平成14年9月18日松永、緒方を起訴した。さらに緒方の父親(当時61歳)、母親(当時58歳)、妹(当時32歳)、妹の夫(当時38歳)と甥(当時4歳)も忽然と失踪していることから捜査本部では、この家族も殺害したとして捜査している。

10月末になって緒方は殺意は否定しているものの7人の死体遺棄を認めた。松永は「緒方がやった」と自らの関与は否定しているが7人殺害は認めだしている(平成15年末現在)。

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松永被告 緒方被告

-公判-
平成17年9月28日福岡地裁小倉支部はA子さんの父親と緒方の母親、妹の3人について松永と緒方が共謀して殺害したと認定。緒方の父親に関しては傷害致死罪を認めて2人に死刑判決を言い渡した。平成23年12月12日最高裁は松永の上告を棄却して死刑が確定した。


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