三越百貨店・スキャンダル事件


−経緯−
昭和57年10月29日、警視庁は百貨店の王者「三越」の岡田茂社長(当時67歳)が愛人の竹久みち(本名・小島美和子)と共謀して会社を私物化し多大な損害を与えたとして「特別背任罪」で逮捕した。岡田は「ワンマン社長」、竹久は「三越の女帝」と称され私腹を肥やし無軌道ぶりの経営に世間の注目が集中した。

岡田と竹久の崩壊は、同年4月23日号の「週刊朝日」のトップ記事で『三越・岡田社長と女帝の暗部』という見出しが踊ったときから始まった。これによると40人以上のメンバーで組織された「理論総会屋」が内部密告で三越の裏帳簿を入手。これをネタに総会屋の総攻撃が始まった。裏帳簿には竹久の経営する衣料貴金属納入会社から売れ筋でもない商品を岡田社長の指示で大量に購入。不良在庫が膨大になっているというものだった。

さらに追い討ちをかける形で、この年の夏に日本橋本店で開催した「古代ペルシャ秘宝展」への出展品47点のほとんどがニセ物であることが発覚した。しかも、秘宝展開催中にこのニセ物を仕入れ価格の17倍の価格で販売していたことも発覚した。このニセ物はイラン商人につけ込まれて竹久の会社を経由して購入したものだった。

当時、三越百貨店は業績悪化が噂され大手スーパに水をあけられつつあった。この危機感をいだいた経営陣は9月22日、日本橋・三越本店の定例取締役会で劇的な社長解任のクーデターを起こした。その瞬間、岡田社長が発した「なぜだ!」は流行語にもなった。

−損害額は16億円−
逮捕された岡田と竹久は事実無根と主張したが平成5年11月29日、東京高裁の二審で岡田に懲役3年、竹久には懲役2年6ヶ月、罰金6000万円の判決が言い渡された。岡田は上告中の平成7年5月、腎不全のため80歳で死去。このため公訴は棄却された。

東京高裁で認定された三越の損害額は「16億6000万円」にのぼった。岡田は公判中も自ら推進していた百貨店における「文化路線」を最後まで誇りとし「司法の連中なんかに経営のことがわかるはずがない」と吠えていた。

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(ニセ物)ペルシャ秘宝展で (本物)


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