高島忠夫の愛児殺害事件


−経緯−
昭和39年8月24日午前3時頃、東京都世田谷区の俳優・高島忠夫(当時34歳)の長男・道夫ちゃん(当時、生後5ヶ月)が風呂の浴槽で溺れ死んでいるのを同家のお手伝い・Y子(当時17歳)が発見した。警察が急行し現場の捜査を開始した。Y子は「工員風の怪しい男を目撃した」と証言するが、現場は荒らされておらず物取りではないこと、Y子の証言が曖昧であることなどから警察は厳しくY子を追及。同日の昼過ぎ、Y子は道夫ちゃんの殺害を自供した。

−動機−
Y子は犯行動機に関して、「道夫ちゃんが生まれる前は、自分は高島夫妻から大変可愛いがられ大事にされた。が、道夫ちゃんが誕生すると道夫ちゃんの面倒を見る看護婦(当時29歳)が高島家に来るようになり、高島夫妻は自分を軽んじているように思い込んだ。そこで、道夫ちゃんが居なくなれば看護婦も高島家に来なくなると思い浴槽に沈めて殺害した」ことを自供した。

犯行当日も高島夫妻は渡米前で、この看護婦に「お土産をどっさり買ってくるからね」と声をかけているのに自分には何も言ってくれなかった。そこで、失地回復への焦りと゛ねたみ゛から犯行におよんだ。Y子は計画的で、偽装工作に怪しい男をデッチ上げ、これまでに数回、近くの交番に警戒の依頼をしていた。高島夫妻のショックと落胆は言うまでも無い。


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