少年誘拐バラバラ・ホルマリン漬け殺人事件

注)猟奇的な内容が含まれ、気分を害することもあります。不要の場合は読まないで下さい。


−経緯−
昭和32年4月2日午後7時過ぎ、東京都・中野区のプロレスラー・清美川(本名:大橋)の長男で中学一年生の大橋和利君(当時12歳)が銭湯「若松湯」に出かけたまま行方不明になった。届け出を受理した野方署は誘拐事件として捜査を開始した。「若松湯」で聞き込み調査をしたところ和利君が25歳前後の青年と「若松湯」を出たのを目撃したという証言を得られた。この青年は、よく「若松湯」に来ていた日本棋院7段の長男で林邦太郎(当時25歳)であった。10日、野方署は林を誘拐殺人及び死体損壊・同遺棄で逮捕した。

捜査本部が林の自宅を家宅捜索した結果、林の部屋にある机から日記を押収した。この日記は「若松湯」というタイトルで犯行を詳細に記載してあった。これによると、犯行の2日午後8時頃、林は和利君と会い同9時にIの自宅の四畳半に連れてきた。両親を無理やり銭湯に行かせたあと、林は和利君に「いたずら」をしようとした。和利君が抵抗したため殴って意識不明にした後、絞殺した。

−猟奇−
和利君の死体をノコギリ・出刃包丁・小刀で二晩がかりで頭・手足をバラバラにした。さらに死体を隠す為、近所の金魚店から金魚鉢や大型の菓子入れ、ガラス容器など4個に分けてホルマリン漬けにしてガラスをパテで密閉し床下に隠した。

林は昭和28年に明治大学・商学部を卒業したが、加虐性と変態的狂暴性がひどく極度の精神障害により病院に入院していた。林は子供の頃から動物が好きで犯行当時も猫を12匹飼っていた。最初は可愛がるのだが、飽きてくると一匹づつ殺して手足をバラバラにして食べていたという。
また、近所の子供を自宅に連れてきては漫画本や雑誌などを見せて一緒に遊ぶのだが、飽きてくると子供を殴って、泣くのを楽しんでいたという。

和利君の殺害後の「若松湯」日記には、『ホルマリン漬けにした死体は生きている時よりも可愛い。父母が嫌がるので、残念だが昼間は床下に隠す。その度にサヨナラを言う・・・』と記されていた。林は精神異常とは認定されず、懲役10年の実刑が言い渡された。


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