寿産院・もらい子殺し事件


−経緯−
昭和23年1月12日夜、東京都新宿区弁天町で自転車に乗っていた葬儀屋A(当時51歳)を巡回中の早稲田署員が不審に思い職務質問をした。この時、自転車の荷台に積んであったみかん箱を調べると嬰児の死体がメリヤスのシャツとオムツに包まれていた。

早稲田署はAに厳しく問いただしたところ、嬰児の死体処理を依頼したのは「寿産院」の院長・石川みゆき(当時51歳)と夫の猛(当時55歳)であることを供述した。更に、今日だけで4体の嬰児の死体を運び、昨年の8月以来、20体以上の死体を処理したことが分かった。
早速、早稲田署が寿産院に急行し石川夫妻に事情を聴取し、その結果嬰児殺しで逮捕した。

−残忍な金儲け−
寿産院では昭和22年1月から、これまでに112人の嬰児を預かったが、この内85人が消化不良、栄養失調、凍死、餓死で死亡していた。警察の調べによると石川夫妻は預かった子供達に食べ物を与えず、病気にかかっても放置し治療をしなかった。オムツも取り替えることは一切なく、死亡すると葬儀屋を呼んで一体300円前後で処理していた。

戦後間もなくのことで、親は買出しや戦災で夫が死亡したなど諸事情で子供を預けることが多かった。これに目をつけた石川夫妻は一人につき6000円前後の手数料を取り子供を預かった。昭和22年の1年間だけでも90万円という当時としては膨大な利益を得ていた。
夫の猛は近所の薬局に「子供が死ぬと葬儀酒が二本くる。内、一本は闇に流し、一本はワシが頂く」などと話していた。

昭和23年10月11日東京地検は石川みゆきに懲役8年、猛に同4年を言い渡し確定した。

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公判の石川みゆき(左)と猛(右) 寿産院内の幼児


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