古谷惣吉・連続殺人事件(警察庁指定105号)


−経緯−

昭和40年12月12日、兵庫県警芦屋署は無職・古谷惣吉(当時51歳)を殺人容疑で逮捕した。古谷は同年10月30日から逮捕された12月12日までに8人を殺害するという稀代の連続殺人魔であった(昭和26年2人、昭和39年2人の殺害嫌疑があるが証拠不十分で不起訴になっている)。

昭和40年11月9日滋賀県大津市の柳ヶ瀬水泳場の売店で留守番をしていた大島馬吉(当時59歳)の絞殺死体が発見された。

同年11月22日福岡県新宮町で英語塾教師の黒木善太(当時54歳)が刺殺しているのを夕方帰宅した妻が発見した。現金と腕時計、ラジオ、衣類なども強奪されていた。犯人は、穿いていたズボンを脱ぎ捨てて黒木の衣類に着替えて逃走した。遺留品のズボンを調査すると裏地に大沼伊勢蔵と名前が記載されていた。このため、捜査本部は大沼の所在が神戸であることをつきとめ神戸へ急行した。


同年11月29日神戸市垂水区にある大沼伊勢蔵(当時58歳)の自宅で大沼が絞殺されているのを発見した。

同年12月11日京都市伏見区で廃品回収業・市川清治(当時60歳)が鉄橋下のバラックで絞殺されているのを発見された。さらに同日、市川殺害の現場から1キロメートル離れた京川橋下のバラックで廃品回収業・広垣平三郎(当時66歳)が絞殺された死体が発見された。翌12日現場で採取した指紋が前科8犯の古谷惣吉であることが断定され強盗殺人の容疑で全国指名手配した(広域105号指定)。

全国指名手配された12日、兵庫県警芦屋署は廃品回収業を重点パトロールしていた矢先、兵庫県西宮市のバラックで廃品回収業の奥村善三郎(当時69歳)と山本嘉太郎(当時51歳)の撲殺死体が発見された。警察官はバラックの裏に潜んでいた男を職務質問をしたところ「古谷惣吉」であることを認めたため逮捕した。

古谷は供述で12月5日にも大阪府高槻市の高槻橋下のバラックで土建業務の山本正治(53歳)の殺害を自供した。古谷はこの殺害を含めて8人の殺害に関して犯行を認めた。

−生い立ちと公判−

古谷は長崎県で比較的裕福な家庭の5人兄弟の長男として出生。母親が4歳の時死去。16歳で窃盗により岩国刑務所に入所。以来通算で約30年近くを獄中で過ごしている。

性格は粗暴で自分が気に入らないと感情を抑えることができない。一連の殺害も「一晩泊めてくれ」、「飯をくれ」で相手が拒むと殺害するという実に短絡的な犯行であった。

昭和46年4月1日神戸地裁で死刑判決。昭和50年12月13日大阪高裁で控訴棄却。昭和53年11月28日最高裁で上告棄却。死刑が確定した。昭和60年5月31日死刑執行(享年71歳)。

尚、昭和26年5月23日、福岡で共犯の坂本登と強盗殺人事件を犯しているが、本件では坂本が主犯とされ昭和27年4月21日に死刑が確定。昭和28年3月27日に死刑が執行されている。尚、その事件は時効の問題で立件はされなかった。


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