三崎・殺人事件


−経緯−

昭和46年12月21日午後11時15分頃、神奈川県三浦市三崎町の食品卸商「岸本商店」の店主と妻・長女合わせて3人が刃物で殺害された。神奈川県警・三浦署はこの事件の第一発見者である鮮魚店経営の荒井政男(当時43歳)を殺人容疑で12月26日逮捕した。荒井は犯行を否認するが取調べから2日後、犯行を自供した。公判では犯行を否認「無実を訴える」が昭和51年9月28日横浜地裁は死刑判決。昭和59年12月18日の東京高裁は荒井の控訴棄却。平成2年10月16日最高裁で上告を棄却し死刑が確定した。平成3年1月に再審請求している。

−不審な男−
荒井は石川県金沢市で絹織物問屋の小間使いを皮切りに数々の職を転々とし36歳の時、神奈川県三浦市で魚屋を開業。ついで横浜に二号店を開店し共に繁盛し事業は成功しつつあった。が、37歳の時に交通事故で身体障害者2種4級者となってしまった。このため足の関節に屈曲制限が伴いガニ股で足を引きずりながら歩行する身となってしまった。さらに、高校2年生になる娘が登校拒否をするようになり地元の不良仲間と遊ぶようになる。家出も繰り返すようになり子煩悩であった荒井は仕事の合間に繁華街に出かけては娘を捜す日々が続いた。事件が発生した日もそのような状況にあった。

事件当日の12月21日も娘を捜しにマイカーで三崎町周辺を走っていた。夕方、空腹を覚えたため「岸本商店」の路地口に車を停めて定食屋に入った。焼肉とウイスキーを飲み満腹感を覚えると「今夜は娘捜しは諦めよう」と考えた。9時頃定食屋を出た荒井は酔いを醒ますため車に乗って少し寝ようとした。やがて足音が聞こえた為、目を覚まして時計を見ると11時5分だった。車の横を《長靴を履いた、右腰に手拭をさげ、髪はボサボサのオールバックで中肉中背の男》が通り過ぎ岸本商店のシャッターを開けて入って行った。

間もなく酔っ払った岸本商店の店主が帰ってきて顔見知りだった荒井と挨拶程度の会話をして店に入って行った。
その直後、岸本商店から男が走って出てくるのを見た荒井は足を引きずりながら岸本商店に入ると店主の岸本が血まみれで倒れていた。岸本の妻も浴槽で刺殺されていた。怖くなった荒井は護身用の小刀を持って商店を出たところ通行人に目撃されてしまった。荒井は小刀は娘と付き合っている不良仲間からの護身用として持っていただけだった。
荒井は、関わり合いを恐れて車で自宅に帰ったが5日後、殺人容疑で逮捕された。

−再審請求理由−
死刑判決を受けた荒井は再審請求をしている。その理由として以下の点が挙げられている。

●岸本商店の息子の証言で「犯人は右手に血のついた刃物を持って、もの凄い勢いで階段を駆け上がってきました。犯人の歩き方に足の不自由な様子はなかった」と証言している。荒井は、前述の通り足が不自由で階段を上るときは、右足を階段に乗せ次に左足を右足に揃える動作を繰り返して上がることしかできなかった。

●犯人が残したゴム靴の足跡は25.5〜26センチに対して荒井は27センチであること。

●犯行現場に荒井の指紋が一切無いこと。

●返り血を受けた痕跡が無いこと。

●荒井に殺害する動機が無いこと。

などを理由としている。特に、階段に関する証言は「荒井犯人」とするには相当無理があると思われる。


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