長野・富山連続誘拐殺人事件(警察庁指定111号)


−経緯−
昭和55年2月23日、富山県富山市の贈答品販売業・宮崎知子(当時34歳)は富山県八尾市で帰宅途中の女子高生3年のNさん(当時18歳)にアルバイトの斡旋と言葉巧みに誘いマイカーである日産フェアレディーZに乗せ岐阜県の山林で絞殺した。
3月5日には長野市で信用金庫の女子職員のTさん(当時20歳)を同様に言葉巧みに誘い出しフェアレディZで誘拐、Tさんの自宅に身代金3000万円を要求する脅迫電話をかけた。が、身代金の授受は無くTさんは誘拐から1ヵ月後の4月2日、長野県下の聖高原で絞殺体で発見された。

警察は富山・長野両県にまたがる連続誘拐・殺人事件として広域重要111号に指定し大掛かりな捜査を開始した。
やがて、誘拐された付近の目撃者の証言で《フェアレディに乗った大きなサングラス(トンボメガネ)の綺麗な女性》がクローズアップされた。
捜査本部が近県のフェアレディZを所有している女性を調査した結果、富山県富山市で贈答品販売店を営む宮崎知子と共同出資者の北野宏(当時28歳)を犯人と断定し3月30日逮捕した。

−動機と男のけじめ−
宮崎、北野が経営する贈答品販売業の業績は芳しくなく設立した翌年には業績不振でサラ金に頼った。借金は膨れ上がり窮地に陥った宮崎は営利誘拐を計画し2人の女性を言葉巧みに誘い犯行に及んだ。

フェアレディを乗り回す美人女性と年下の男が仕組んだ誘拐・殺人事件として報道もエスカレートしていった。当時の警察やマスコミは主犯を北野、宮崎が従犯という構図を描いた。取調べでも警察は北野に対して「男のけじめをつけて全て白状しろ」と強要。女に(宮崎)に全ての責任をなすりつけるのは男らしくないと詰め寄った。が、北野は「犯行に関しては一切感知していなかった。宮崎に言われて運転しただけ」と供述を繰り返した。一方、宮崎は真犯人は別人として容疑を一切否認した。

検察は北野が主犯、宮崎が従犯として起訴した。ところが昭和60年3月の公判で宮崎主犯、北野従犯とする冒頭陳述を行う。検察の求刑は宮崎に死刑、北野に無期懲役とした。が、富山地裁は《宮崎の単独犯行》と認定し宮崎に死刑、北野に無罪を言い渡した。続く名古屋高裁でも同様の判決で北野は無罪が確定。平成10年9月4日最高裁は宮埼の上告を棄却して宮崎に死刑が確定した。宮崎は真犯人は別に居るとして再審手続きを行っている。


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