東大名誉教授・惨殺事件


−経緯−
昭和57年7月4日午後1時頃、東京都新宿の自宅で東京大学名誉教授で文化功労賞の斉藤勇教授(当時95歳)が同居している孫のT(当時27歳)に包丁でメッタ刺しされ40ヵ所の刺し傷で死亡した。これを止めようとした母親K(当時55歳)は一ヶ月の重傷、家政婦が軽傷を負った。

この騒動で近所から警察に通報。駆け付けた警視庁と牛込署は斉藤教授が書斎で絶命しているのを確認した。警察は、Tが現場に居ないため慎重に各部屋を調べて回った。やがて1階の家政婦部屋の押入れに隠れていたTを発見し警視庁機動捜査隊の根岸警部補(当時54歳)が取り押さえようとした時、Tは持っていたナイフを振りかざして暴れた。根岸警部補は顔など数箇所を刺されて病院に運ばれたが出血多量で死亡した。その後、複数の警官でTを取り押さえ午後2時15分頃逮捕した。

−犯行動機−
Tは、祖父・父親が共に東大名誉教授というエリート家庭に育った。Tも昭和53年に慶応大学を卒業後、米国のプリンストン大学の聴講生として留学したり帰国後は東京神学大学に入校した。この頃から、宗教に関心を持ち菜食主義となる。異端宗教にありがちな「神秘」などに凝りだしたり東洋の宗派に関して興味を示した。Tは一切日本語を喋らなくなり全て英語で会話するようになる。心配した両親が千葉県にある精神病院で治療を受けさせるがTは益々訳のわからない会話をするようになった。

Tの日記には《地球の人類は悪魔だ。悪魔を殺せとの指令を神から受けた》など意味不明の内容が英文で書かれていた。
犯行当日も朝から落ち着かない様子だったため母親のKは病院に相談電話をしていた矢先、Tは書斎に居る斉藤教授の部屋に入り込み犯行に及んだ。

Tは警察の取り調べでも一切日本語を話さないため通訳をつけて英語で事情聴取した。この取調べでTは《神の指示で悪魔を殺した》と犯行を認めた。Tはその後、精神鑑定の結果、責任能力が無いと鑑定され不起訴処分となった。


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