カネミ油症事件(ライスオイル事件)


−経緯−
昭和43年10月15日福岡県は北九州市にあるカネミ倉庫株式会社で製造した《米ぬか油=ライスオイル》を出荷停止の措置を取った。

この年の3月から10月にかけて九州地区で大規模な「奇病」が発生した。体に黒いニキビ状の黒い吹き出物や爪や歯肉が黒ずむなどの特徴が見られた。また発生状況は家族単位であったため食品が一番に疑われた。
この情報を調査したのが「朝日新聞」で、奇病が発生した家族に対して広域の取材を実施した。その結果、カネミ倉庫製造の米ぬか油を毎日食している家庭に奇病が発生していることが判明。朝日新聞は10月10日付けの新聞に「米ぬか油で食中毒」報道を行った。

一方、米ぬか油を食するようになって体の異変を感じた家族が米ぬか油を保健所に持参し調査依頼を行った。その結果、米ぬか油から「有機塩素剤」が検出され15日に製造元のカネミ倉庫に出荷停止措置を取ったのだった。

このカネミ油症事件で患者として認定されたのは昭和51年の段階で1540人(内、昭和47年までに18人が死亡)。昭和44年7月8日に14歳の少年が死亡した例では、検視にきた警察官が「これは毒物による死ですか」と検視医に質問している。その後、火葬した少年の骨を見て火葬場の係りの人が「随分長生きされましたね」と褐色のボロボロの骨を見て言った。どれほど体内に浸食していたのか想像できる。

−原因−
事件が表面化した昭和43年10月14日、福岡県は九州大学、久留米大学で研究班を組織しカネミ倉庫に立ち入り調査を実施した。その結果、カネミ倉庫では米ぬか油の製造工程で、米ぬか油の脱臭のためタンク内で摂氏200℃〜230℃の過熱をしていた。この加熱媒体として使用したのが鐘淵化学が製造販売していたカネクロールという商品名のPCB(ポリ塩化ビフェニル)だった。PCBは沸点が300℃以上と高く、化学的に安定している物質のため使い易かった。このPCBには塩素が多量に含まれており、米ぬか油に混入されたとした。

しかし、米ぬか油のタンクとPCBの加熱媒体は間接温調であり本来PCBが米ぬか油には混入しない。このため、当初PCBの配管からピンホール(針孔状)が発生し混入したと見られた。
ところが、さらに調査すると配管作業ミスで配管部からPCBが漏れて米ぬか油に混入したことが判明した。また、発病物質もPCBが高温加熱した際に生成されたポリ塩化ベジンゾフランとコプラナーPCBであることが判明した。

昭和61年3月20日最高裁で原告側と被告側の和解が成立し被告側のカネミ倉庫や鐘淵化学など企業側は総額107億円の損害賠償の支払いに合意した。このことは、企業の製造責任を認めた画期的な意義の大きいものとなった。


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