全日空・松山沖墜落事故


−経緯−

昭和41年11月13日午後8時33分頃、全日空の大阪発・松山空港行きのYS11型機が、松山空港沖2キロの海上に墜落した。この墜落事故で乗員5人、乗客45人の全員が死亡した。

同機は、松山空港に着陸態勢で進入したが接地地点を誤った。このため、再着陸をするため左旋回で上昇した。この時、失速し松山空港沖に墜落した。
当時、松山空港の滑走路は1200mしかなく、あと300mあれば同機は再着陸を試みなくてもよかった。地方空港の貧弱さと危険性を露呈した事故であった。

−新婚カップル−
この日は、大安の日曜日で新婚カップル12組の24人が搭乗していた。希望に満ちた門出が墜落死亡という最悪の結果となった。さらに、このカップル全員が婚姻届けを出していなかった。このため戸籍上は独身であったため、その後の賠償問題で大きなトラブルに発展した。
法務省は、婚姻の早期届けを励行する広報を出すなど思わぬ展開をみせた。

画像
松山沖でYS11型機の尾翼回収作業


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