田中首相・金脈事件


−経緯−

昭和49年10月10日発売の文藝春秋・11月号に、作家・立花隆の「田中角栄の研究〜その金脈と人脈」というレポートが掲載された。このレポートは、田中首相が唱えた「日本列島改造論」の裏で、田中ファミリー企業が土地転がしを繰り返し、金脈・人脈を形成していく過程を取り上げていた。この中で、国有地払い下げ、実体の無い企業経営、脱税など首相の政治資金に違法性の疑惑があるとした。

参議院決算委員会でも、この問題が取り上げられ4日間審議した。が、田中首相は「いずれ明らかにする」と言明した後、12月9日に総理大臣を辞任してしまった。

−田中角栄−
田中は、佐藤内閣の後を受けて昭和47年7月に自民党総裁となり総理大臣のポストを得た。今までの官僚上がりの歴代総理とは異なり、新潟県で尋常小学校卒のいわゆる学歴・学閥を持たない宰相であった。裸一貫で身を起こし、総理大臣に立身出世したことや、家では背広に下駄履きという気さくな態度に国民の人気は高かった。総理在任中は、「日中友好条約」を締結するなど役割貢献は大きかった。

その田中首相が、就任早々に掲げた持論が「日本列島改造論」であった。この本は、爆発的に売れベストセラーになった。田中が言うところの日本列島改造論とは、従来からの東京一極集中の政治・経済を見直し、地方と東京を結ぶ高速道路網・新幹線網を全国網羅して地方との経済格差を無くし、経済に勢いをつけるというものだった。

ある点では的を得ていたが、一国の元首が唱えたこの改造計画は性急過ぎた。大企業を中心に、地方の土地買収が全国レベルで広がり、これによって土地の高騰、強制立退き、自然破壊が一気に加速した。また、道路や鉄道建設に建設業界が群がり、談合や利権で政界・官界・財界にモラルの欠如をもたらした。

−錬金術−
田中金脈の原点と言われているのが「信濃川河川敷事件」である。昭和39年から40年にかけて、田中ファミリー企業である「室町産業」(東京)が、新潟県・長岡市蓮潟地区の信濃川河川敷の畑地73ヘクタールを301人から4億1000万円で買収した。ところが、この直後に建設省の堤防工事や国道のバイパス工事などで、二束三文の土地が時価数百億円の一等地になった。これに対して、元地主が「土地売買は田中首相の地位利用による不法なもので無効」と訴えたが、裁判ではついに田中の地位利用は明確にできなかった。

昭和50年3月26日、同じく田中ファミリー企業の「新星企業」を住宅建物取引業法違反で、竹沢社長と社員の2人が書類送検されたが、裁判で田中首相への関連付けは一切無かった。

田中は、関越高速道路・上越新幹線建設など、このような錬金術で莫大な資金を得たとされ、この資金で政治における人脈(派閥)を形成し、闇将軍と異名をとるまでになった。
立花氏のレポート掲載から2年後、「ロッキード事件」が発覚。田中元首相の実体が更に暴露されることになる。


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