造船疑獄事件


−経緯−
昭和29年1月15日、東京地検は、山下汽船の横田愛三郎社長を贈賄容疑で逮捕した。さらに2月8日、日立造船の松原与三松社長ら4人を特別背任の容疑で逮捕。25日には、飯野海運、新日本汽船、東西汽船などを家宅捜索し、飯野海運副社長の三益一太郎らを逮捕した。

事件の発端は、当時日本最大と言われた高利貸し、森脇将光が「日本特殊産業」の猪俣功社長を訴えたことから始まった。当時、森脇が日本特殊産業に貸し付けた金が焦げ付き告訴したのであったが、当局が調査した結果、猪股社長の実体が無い会社から、山下汽船へ1億6000万円、日本海運へ3350万円と融資が焦げ付いていることが発覚した。そこで、東京地検が山下汽船を家宅捜査した際、隠し金の出納を書き込んだ「横田メモ」を発見し、政界・官界に流れた不正資金が明るみになった。

−時代背景−
戦前、世界三位だった日本海運業は、敗戦の影響で大打撃を被っていた。そこで、昭和22年から全額政府出資の「計画造船」がスタートした。1隻10億円の外航船の場合、政府出資の「船舶公団」から70%の融資、残りは銀行が貸すという保護措置であった。やがて、朝鮮戦争の勃発で、大型船舶の建造が認められ、しかも資金の70%は米国の「見返り資金」(日本が支払った配給小麦粉などの積立金)を年利7.5%で使っていいという厚遇処置も受けた。

ところが、朝鮮戦争休戦とともに、海運・造船業に不況の嵐が吹く。このため、銀行からの融資の利子を軽減するため、国が一部を肩代わりする「外航船建造利子補給法」の制定を政界・官界に働きかける。
この「外航船建造利子補給法」とは、日本開発銀行で借りていた年利5%を3.5%に、11%の市銀からは5%とし、その差額は政府が負担するというものだった(勿論、この差額は国民の血税で、国民の負担は167億円にのぼる)。
この法案は昭和28年8月、吉田自由党と鳩山自由党、改進党の保守3派共同提出案として国会に提出され、審議わずか10日間で可決した。

−賄賂を受け取った政治家と指揮権発動−
飯野海運の俣野健輔社長が中心となり、政界・官界にばら撒いた金は2億7000万円を超え逮捕者71人を出した。中でも、自由党の佐藤栄作幹事長(後に首相)、池田勇人政調会長(後に首相)は、党宛てに1000万円、個人宛てにそれぞれ200万円を受け取っていた。このため佐藤、池田らは「外航船建造利子補給法」制定に関し国会に強く働きかけていた。

東京地検は、いよいよ佐藤、池田への逮捕を目前に控えていた。検事総長は、佐藤の逮捕許諾請求を犬養健法務大臣に請訓する。ところが、犬養法相は「指揮権発動」で、佐藤の逮捕見送りを指示する。まさに、日本の法治国家が崩れた瞬間であった。

その後、佐藤は昭和29年6月に政治資金規制法で起訴されたが、国連加盟で恩赦となる。池田も佐藤もその後、総理大臣となる。日本では、逃げ切った者が勝者、捕まったものが敗者という図式はこの頃すでに出来上がっていた。


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