ダグラス・グラマン事件


−経緯−

昭和54年3月14日、東京地検は、日商岩井・航空機部門の山岡正一部長、今井雄二郎次長を外為法違反などの疑いで逮捕した。更に4月2日、同社の海部八郎副社長を同容疑で逮捕。また24日には議員証言法違反(偽証罪)容疑でも逮捕した。

この逮捕は、前年の昭和53年12月25日に米国の証券取引委員会で、マクダネル・ダグラス社が自社の戦闘機(F4Eファントム)の売込みのため昭和50年に1万5000ドルを日本の政府高官に渡したことを告発したことがきっかけだった。

更に昭和54年1月4日、今度はグラマン社が自社の早期警戒機(E2C)の売込みのため、日本の政府高官(岸信介・福田赳夫・中曽根康弘・松野頼三)らに代理店の日商岩井を経由して、不正資金を渡したことを告発した。

東京地検は、米国証券取引委員会の資料提供を要請し、捜査を開始した。捜査の中心は、両社の代理店である日商岩井であったが、2月1日、日商岩井・航空機部門の責任者であった島田三敬常務が本社ビルから飛び降り自殺し、捜査は行き詰まった。

2月9日、衆議院予算委員会で、岸信介元首相、日商岩井の海部八郎副社長、松野頼三元防衛庁長官を証人喚問した。岸、海部は「記憶に無い」の答弁を繰り返す。松野は5億円の授受を認めるも、既に時効が成立しており刑事訴追は逃れた。
岸元首相は、ダグラス社に対して便宜を図るなどとしたメモ、いわゆる「海部メモ」が発覚したのに、何故か東京地検は同氏に事情聴取すらしなかった。

結局、起訴されたのは日商岩井の上記3人だけで、政府高官へのメスは入らなかった。その後の裁判で、海部副社長は懲役2年、執行猶予3年で確定した。

−疑惑の歴史−
日米の航空機疑惑は「ロッキード事件」が有名だが、さかのぼると昭和33年の第一次防衛力整備計画から既に疑惑は存在していた。当時、防衛庁は次期戦闘機をロッキードF104戦闘機に内定していた。ところが急転直下、日本政府は、グラマンF11F戦闘機を採用決定した。この時、30億円の不正資金が岸内閣に入ったとの疑惑があった。

第二次防衛整備計画では、ロッキード社とダグラス社の戦闘機が競合となったが、結局ダグラス社のF4Eファントムが採用された。この時も、膨大な不正資金が政界にばら撒かれたとされている。


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