潜水艦衝突事故


-経緯−
昭和63年7月23日午後3時38分頃、神奈川県横須賀港北防波堤灯台の東3キロの海上で、海上自衛隊の潜水艦「なだしお」(2200トン)と大型釣り舟「第一富士丸」(154トン)が衝突。第一富士丸は2分後に沈没し、釣り客と乗員合わせて30人が死亡、17人が重軽傷を負った。死亡した30人の内、29人が沈没した船体の中から発見され、親子連れの幼い子供も含まれていた。

第一富士丸は、昭和45年にサケ・マス漁船として建造され、その後釣り舟観光船として改造された。衝突当時、乗客の大部分が船首のサロンに居た。このサロンの出入り口は左舷側の一ヶ所しかなく、左舷側が下になって沈没したため、乗客は避難する間もなく船と共に沈んでいった。

「なだしお」は伊豆大島北東沖での艦隊訓練を終えて横須賀基地に帰港途中で、「第一富士丸」は横浜から出航し釣りのポイントとして有名な大島付近を目指していた。

−海難審理−
「なだしお」の山下啓介艦長と「第一富士丸」の近藤万治船長はそれぞれ相手側に責任があるとして提訴したが、海難審判庁は両船長を業務上過失致死傷と業務往来妨害罪で起訴し、審理を開始した。

その後、高等海難審判庁の裁決で「なだしお」の回避の遅れと「第一富士丸」の著しく、接近してからの左転に問題があったと指摘した。
平成4年12月10日、横浜地裁は山下啓介元艦長に禁錮2年6ヶ月(執行猶予4年)、近藤万治元船長に禁錮1年6ヶ月(執行猶予4年)の判決を下した。


ホーム


inserted by FC2 system