広島大学教授殺人事件


−経緯−
昭和62年7月22日朝、広島大学・岡本哲彦学部長(当時61歳)が学部長室で胸や背中など4ヵ所を刺されて死んでいるのを同大学・庶務係りの事務員が発見した。岡本学部長の死体には砂や水が掛けられており相当強い恨みのある者の犯行と想定された。死亡推定時間は前日21日の午後10時前後と見られた。

21日の夜、岡本学部長は同大学の藤井教授の教え子達とのコンパに出席。午後9時30分頃、学部長室に戻った所を襲われたとみられていた。捜査本部は学部長の研究室関係、知人関係を中心に捜査を開始する。そして事件から73日後の10月2日、同学部長の助手である末光博(当時44歳)を逮捕した。捜査本部は、末光が助教授になれないことを恨んで岡本学部長を殺害したと断定。殺人容疑で逮捕したのだった。

−遺恨−
末光はかねてより岡本学部長と折り合いが悪く他大学への転勤を要請されていたことや、末光が専攻している「素粒子論」の助教授ポストに自分より若い助手が助教授になったことなど相当根強い恨みを岡本教授に持っていた。末光は当初アリバイを主張していたが学部長室にあった末光の毛髪が発見されたこと、動機が十分あることなどから厳しく追求した結果、ついに自供をした。


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