平和相互銀行・乱脈不正融資事件


−経緯−
昭和61年7月6日、関西の中堅地方銀行の平和相互銀行(以下、平和相銀)で巨額不正融資事件が発覚。会社に多大な損害を与えたとして同銀行の監査役・伊坂重昭ら役員幹部が特別背任罪で逮捕された。

平和相銀は、以前から創業者である小宮山一族と監査役・伊坂、稲井田社長らを中心とする新経営陣との確執が続いていた。
不正融資の発端は、昭和57年11月にさかのぼる。平和相銀の系列会社であるゴルフ場開発会社「太平洋クラブ」が昭和48年3月から会員制レジャークラブの会員を募集し会員権預かり保証金が昭和58年3月以降、順次その措置期間が経過することにより、償還請求が殺到すると危惧していた状況であった。

このため太平洋クラブの資産を売却し償還資金とすることを計画した伊坂らは、同クラブが所有している神戸市内の山林196ha(評価担保額42億円)を売却することを決定。不動産会社「新日興開発」を仲介料3億6000万円で仲介させ不動産会社「広洋」と土木会社「サン・グリーン」に60億円で売却。この時、土地購入資金として両社に総額116億2000万円の融資をした。つまり、42億円の価値しかない土地を60億円で取引するという話に平和相銀は116億円の融資をしたことになる(この資金の一部は暴力団に渡っている)。

当然のことながら、この融資は不良債権化し平和相銀の経営を圧迫した。この土地購入融資の焦付きで平和相銀は、さらに泥沼に入っていく。

−馬毛(まげ)島事件−
昭和58年、伊坂・稲井田コンビは鹿児島県の無人島である「馬毛島」を防衛庁のレーダ基地として売却することを計画する。そこで、大物右翼のTに政界工作を依頼し総額20億円を提供した。この資金が実際に20人近い自民党議員に渡ったとされている。が、結局この馬毛島にはレーダ基地は建設することなく頓挫した。

−金屏風事件−
昭和60年8月、伊坂らと対立する平和相銀創業一族が、所有していた株(全株式の33.5%)をフィクサーとして有名な旧川崎財閥系資産管理会社「川崎定徳」の佐藤茂社長に80億円で売却してしまった。

株買戻しで焦る伊坂らに東京・有楽町の画廊「八重洲画廊」の真部俊生社長から「金蒔絵時代行列」という金屏風を40億円で購入したら、株買戻しの取引が可能になると持ちかけられた。この取引に竹下登の秘書・青木伊平の紹介もあったとされ、伊坂らは何の抵抗も無く取引を行う。その後、金屏風の代金は政界に流されたという噂がたった。ちなみに金屏風を鑑定したところ、多く見積もっても5億円、一説には8000万円の評価額でしかなかった。

これらの不正乱脈融資が決定的となり平和相銀は破綻。住友銀行に吸収され幕を閉じた。


ホーム

inserted by FC2 system