大韓航空、サハリン撃墜事故


-経緯−

昭和58年9月1日午前3時38分、ニューヨーク発アンカレッジ経由ソウル行き大韓航空007便(ボーイング747型ジャンボジェット機)が、ソビエト連邦(現ロシア共和国)のサハリン沖・モネロン島北の海上に墜落した。この事故で、乗員・乗客(日本人27人)269人全員が死亡した。

同機は、通常の航路から500Kmも西側に逸脱しソ連領空内を侵犯した。レーダで監視していたソ連軍は、これを米国空軍のスパイ機と判断。ソ連空軍のスホーイSu−15戦闘機が緊急発進し、高度10500メートルの高度でミサイルを発射、墜落させたことが判明した。

−何故コースを逸脱したか−
大韓航空007便は、通常アンカレッジからアリューシャン列島を縦断し青森県上空からソウルに向かうコースで航行する。ところが、007便はアリューシャン列島を過ぎたあたりで突然、機首を西に向けサハリンに向かう異常なコースをたどる。その頃、ほぼ同時刻に米国の偵察機が付近を航行していたため、ソ連空軍は緊急配備をしていた。そこへ007便がレーダに捕捉され、スホーイ戦闘機が緊急発進し007便に向けてミサイルを発射した。

ソ連は国際緊急周波数での警告や威嚇射撃など、国際的に取り決めした手順を行わず攻撃したことに非難の声が上がった。しかしソ連は、サハリンにあるロケット施設の撮影を任務とした偵察機であると主張した。ソ連領海内であるため、海底奥深くに沈んだボイスレコーダなども回収ができず原因は謎に包まれた。

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