バー・メッカ殺人事件


−経緯−

昭和28年7月27日、東京・新橋のバー・メッカの従業員、正田昭(当時24歳)は、同じバーの従業員と共謀し証券ブローカの博多周さん(当時40歳)を呼びだしてバーの屋根裏で撲殺。現金41万円と腕時計を奪った。その後、通常の営業をしていたが、天井から(屋根裏)血が滴り落ちてきて犯行が発覚。共犯者は即逮捕されたが、正田は逃亡。犯行の翌日に、平塚駅前で目撃されたのを最後に行方不明となった。
警察は、全国へ指名手配するが、手掛かりはつかめなかった。

被害者の家族は、その後不思議な体験をする。博多さんの49日の法要後に母親、妻、弟三人が「犯人が京都に居る」という夢を見たという。勿論、警察では、取り上げなかったものの、密告によって10月12日に京都で潜んでいた正田を逮捕した。正夢という概念が科学的捜査に一石を投じた事件で、米国は捜査研究機関でこの事件を参考にしたこともある。

−犯人の生い立ち−
正田は、昭和4年4月19日大阪市天王寺で出生。慶応大学を卒業し日産自動車に内定していたが、健康診断で肺に問題があるとして入社が取り消しとなった。その後、三栄証券に就職するも、方々から借金を重ね生活が荒れて解雇される。その後、バー・メッカの従業員として勤務したが派手な生活から脱しきれず、金目当てで犯行に及んだ。

昭和44年12月9日、死刑執行。
獄中で、正田の手記や小説「サハラの水」、「黙想ノート」などが話題を呼んだ。

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逮捕された正田 殺人現場の「バー・メッカ」


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