ホテルニュージャパン大火災


-経緯−

昭和57年2月8日、午前3時30分頃、会社乗っ取りの異名で有名な、横井英樹社長経営のホテル・ニュージャパン(東京都千代田区永田町)の9階から出火。異常乾燥注意報発令中の都心を真っ赤に染めた。この日の宿泊客は442人。うち9階と10階に宿泊していたのは103人で、この多くは台湾や韓国からの「札幌雪祭りツアー(61人)」の宿泊者だった。灼熱と煙に巻き込まれ部屋や廊下で死亡した者や猛煙に耐え切れなかった宿泊客が9階、10階から飛び降りるなど33人が死亡、24人が重軽傷を負った。

−原因−
出火の原因は、9階に宿泊していた英国人の寝タバコが原因と言われている。が、被害をここまで大きくしたのは横井社長の徹底した合理化で、宿直従業員の少なさや、消防庁から再三指導を受けていたスプリンクラー施設の不備が問題となった。また。非常ベルのスイッチを切っていたことも犠牲者を増やす結果となった。

横井社長は昭和54年4月に同ホテルの経営権を得ると、経営建て直しのため大量の従業員解雇を実施。その他、徹底的な合理化を推進し出入り業者への支払いは最悪で手形の乱発。遂に設備管理会社も事故前に契約解除を通告し同ホテルから引き払っていた。

当日の早朝、詰め掛けた記者に対して、トレードマークの蝶ネクタイで現れた横井社長が拡声器を持って「早朝よりご苦労様です」と言ったことなど、何かと物議を投げかけ世論の非難を浴びた。


昭和57年11月18日、警視庁は横井社長ら4人を「業務上過失致死傷容疑」で逮捕した。横井社長が防火・防災設備にかかる経費を惜しんだ結果、これだけの死傷者をだしたのだが横井社長は「防災設備は万全」「足りない人員はガードマンで補充していた」という言い逃れは9ヶ月余りの捜査で否定された。

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炎上しているホテルニュージャパン 横井社長



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